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おでん屋台The・CAT その五

Relation4 卵

……最悪。

私ちょっと魚臭いかも。

香水と混じって、多分、いや絶対変なにおいになってるし。

それはそうと。

さっきいきなりおばさんが大声で話しかけてきて。

めっちゃびっくりしたな。

でも、ああいうトコのノリってきっとそう。

……大根、ウソでもかっとけばよかったかも。

っていうか、あの場所でちらちら気になってたのが。

なんかネコいるなーって。

それも普通じゃない。

二足歩行でママさんカート引いてたし。

慣れた感じで周りともやたら親しそうだったし。

意味わかんない。

いつまにかベンチ座ってると思ったら、かまぼこ食ってるし。

……いや、なんでアレを普通に受け入れそうになってんの、私。

そうじゃないでしょ。

それよりも。

今日も学校さぼって、友達と町ブラして、途中でナンパされて。

相手に上手くおごらせて、フェードアウトして。

そんで友達とも別れて。

そこからなんでか分からないけど。

おじさんおばさんが行くような市場にフラッと入って。

……手に大根なんか持っちゃってさ。

わけわかんない。

……いや、あの日のパパのせいか。

なんだかんだであの時のあれ美味しかったしな。

普段めっちゃ疲れ切って家帰って、そっこーグースカ寝てるくせして。

あの日になんかあった?

おでん屋さんに寄って……おみやげもらって。

で、そこに黒猫が居るとかへんなこといってたし。

……さっきのネコ。

まさかね。

そのへんのことまでくわしく聞いてなかったし。

なんならどこかで頭でも打っちゃった?って思ったくらいで。

心配?

……するわけないじゃん。

どことなく嬉しそうだったけど、それ以外は別に普通って感じ。

でも。

めっちゃ久しぶり。

パパとああして話したの。

ママも居た時は3人でご飯食べながらよく話してたっけ。

なんだろ、私。

アンニュイぶってて気持ちわる。

考え込んでて、いつの間にか知らないとこ来てるし。

持ったままのスマホを見る。

3時ちょっと前か。

あれから意味なくバス乗って、適当にぶらぶらして……けっこう経ってたみたい。

って、この街にこんなとこあったっけ。

ちらっと空を見る。

まあまあ晴れ。

なのは、今日ずっとだったけど。

古くさい石の橋に。

下の方に川と道。

遠くの道路に車と人が少し見えるかなってくらい。

なんだかここの景色だけちがう。

レトロっていうんだっけ、こういうの。

ドラマとか映画でみるような。

――あ。

さっきの黒ネコ。

今まさにあそこに。

……あり得ない。

最近ハマったマンガみたいに出来過ぎてる。

こういう瞬間ってこれからなんかあるって、勝手に考えちゃう。

でも現実そんなことないから。

それはそうと。

屋台……ってやつだよね。あれ。

酔っぱらいのおじさんたちが寄るようなとこ。

パパもああいうとこにいってたのかな。

……のそばであのネコがなんかやってる?

いや、水仕事してる。

ごしごし洗ってるのってお皿?

屋台の中には、コンビニにおいてあるようなおでん鍋がチラ見え。

湯気立ってる。

めっちゃ良い匂いするし。

あーあのネコ。

多分おでん屋さん。

別に食べないけど。

もうちょっと近くにいってみよっかな。

――。

「ふぁーっつ……眠気覚ましの洗い物は応えるなあ」

「ビニール手袋ごしでも水は冷たい」

「当たり前なんだけどね」

……このネコ誰としゃべってんだろ。

って私。

近くに来すぎじゃない?

こんだけ近くにきといて、ただ立って見てるだけってヤバいやつに思われそ。

なんかしゃべった方がいいのかも。

サッ。

目合っちゃった。

「まだ仕込み中だよ?」

「へ、えと、別に食べとかにきたんじゃなくて……」

「そうなの?」

「あ、そう……です、うん、多分」

返事がバグる。

――「これ」に対してタメ口でいいのか、敬語使ったらいいのか正解が分からない。

「そ、邪魔しないなら、別にそこ居てもいいんだけど」

「あ、ごめん、そこにある桶とって」

「へ?……コレ?」

「そう、そこにこの食器入れてってくれる?」

念のため後ろをチラ見。

当然誰も居ない。

ぜったい私にいってる……よね、このネコ。

「ついでにそこにかかってるふきんで拭いてくれると、めちゃ助かるけど」

「……コレで拭けばいいの?」

まちがいなく意味不明。

いつの間にか手伝わされてるんだけど。

いきなりにもほどがある。

「割らないでね、こないだボク二枚やっちゃってさ、それ以上器減らせないから」

でへへ!

小さな身体が小刻みに揺れる。

笑ってるし。

ムスっとした感じかと思ったら、いきなりそれ?

気持ちが読めない。

そりゃネコが食器をまともに洗えるとも思えないし。

でも現に。

目の前でビニ手はめて、スポンジでごしごしやってんだよね。

――「ほい、とりあえず一段落、ご苦労様でした」

「ネコの身体だと地味に大変だから助かっちゃった」

拒否っても良かったんだけど。

ほかにも材料運びとか調味料出すのとかやらされたし。

「そのカッコで手伝わせてゴメンね」

「エプロンがあったと思うけど、どっかやっちゃったんだよね」

そういう問題なわけ?

「彼氏とデートって感じの装いなのにね」

「いや、そういうのいないんで」

手伝った私も私って感じ。

「あら、意外、カワイイ顔してんのにフリーなの?それはそれは」

今の言葉を入れたとしても、あんまり気分悪くないのなんでだろ。

はたらくってこういう感じか。

「よっし、お次は仕込みっと」

へ?まだ何かあんの?

そりゃそっか。

よく見たら鍋、汁は入ってるけど、中は空っぽだもん。

って思ったら、卵だけ入ってる。

なんだろ。

おでんにも入れる順番とかあるのかな。

自分にはおよそ関係のないことを巡らせる。

にょき。

目の前に何か出てきた。

皿……と、中には卵。

汁がひたひた揺れている。

「これ、手伝ってくれたお礼」

「……あ、ど……ありがとう」

それを両手で静かにうけとる。

ゆで卵の少しクセのある匂いとまじって、出汁のしょっぱい香りが登ってきた。

「まだ味馴染んでないけど、ま、食べてってよ……あ、もう手伝わなくて良いからね」

……っていうか、ここまでのバイト代ほしいけど。

そのかわりってワケ?

「はい、お箸、そこに冷茶もおいてるから」

「そこ適当に座っていいよ」

「あ、どうも……」

スカートを抑えながら、木の長席へと座る。

屋台の天井。

木で組まれたそれはところどころがささくれて、こげ茶に染みている。

見ると板が何枚もぶら下がってる。

大根、がんもどき、白滝。

これがメニュー表ってこと?

でもやたらと達筆。

習字の上手い人が書いたみたいな。

まさかこのネコが書いてんじゃ?

あ、下の方に肉球のマークが書かれてる。

ちょっとカワイイかも。

湯気を出し続けてる鍋。

顔近づけるとやけどしそう。

なんだかちょっと楽しい……?

だとしたら久々な気持ち。

あ、食べないと。

箸で卵をはじにひきよせて、まず一口。

―――はふっ。

少し噛んだだけなのにヤケドしそう。

お茶で舌を冷やす。

……ちょっとしょっぱめな完熟卵。

汁の中で黄身が少しだけ散らばっていた。

それごと飲んでみる。

つつつ……

あったかくて濃いけれど。

まちがいなく家とかコンビニのおでんとはちがう。

こんなに味がしっかりしてない。

でもこれ……。

あ、そっか。

パパってもしかして。

「さってと、次はダイコンさんの面取っと……」

ペティナイフで輪切り大根のふちを削りはじめるネコ。

削ったところから細い白糸がたれて、時々スッとゴミ袋に落ちる。

ありふれた愛玩動物が器用に調理するアンバランスな絵。

それをボーっと見ていた。

昼の市場でのシーンが頭をよぎる。

なんとなく苦くてスッキリしない。

「……よっし、ほい投入」

ドボドボ……

鍋に落とされていく大根。

湯気が広がる。

「これから弱火でじっくり」

「大根も、何なら卵も、全部の具材の味が火加減と出汁の味で決まる」

「ただ煮るだけなら簡単なんだけどね」

このネコ、こっちに目を合わせないまま、ずっと一人でしゃべってる。

ほかの具を入れたり、オタマですくったり、小さい身体でせこせこ動きながら。

「やっぱり昆布と鰹節が出汁の決め手、後は醤油にお酒とみりん……ウチはちょっぴりざらめも入れてるんだ」

「めんつゆと砂糖で代用するのもありだけど、こういう店でそんな妥協はNG」

「おウチレベルでやるならそれでイイけど」

…………さっきから私にいってんだよねソレ?

そりゃほかに人居ないし。

独り言にしたって多い。

「おでん屋はね、開店してからしばらく経って入る方が良い味になってるからね」

「店空けてすぐだと仕込みたてで、具材と出汁が馴染んでないとこも少なくないし」

言葉が尽きない。

「大人になってからそういうトコ行くかもしれないし、一応覚えておくと良いよ」

うん、まちがいなくしゃべりすぎ。

――「こんなもんかな」

結局あれからも、ネコのやること(と、延々おしゃべりも聞きながら)を上の空で、それでも現実的に眺めていた。

大根4つとほかの具をいくつか鍋から取り出して。

出汁がヒタヒタにそそがれた発泡容器へと移されていく。

菜箸やおたまを使うネコというのも、やっぱりここにしか居ないと思う。

「これ、おみやげ」

「今袋に入れてあげるからね」

鍋をはさんで正面にいたはずの姿が消える。

その下らへんからゴソゴソガサガサ。

ああ、今ソレをやってくれてるってこと?

「もしよかったら、ここからはお客さんとして食べてってもいいけど」

上の木札がお品書きね、と、いつの間にか割烹着姿になっていたネコがそれを指さす。

はっとなって、バッグからスマホを取り出す。

あれ?私スマホしまってたっけ。

いつもなら基本手に持ったままなのに。

ま、いっか。

って、もう6時すぎてるし。

いつもならまだまだ遊んでる時間なんだけど。

それより私、ここに座ってから今までずっとぼーっとしてた?

そのあいだもこのネコは「昆布の入れ替えはこのタイミング」とか「みりんを足すなら今かな」とか1人(一匹?)でずっとしゃべってたけど。

ほかは聞き流していたのかほとんど覚えてない。

……そういうのもあってか、なんか席立ちづらかったし。

「私、帰る……」

「そ?じゃあ今度来るときは」

ネコは一瞬フリーズして、かぶりをふって。

「日中からたいていここにいるし」

「……次来るかどうかなんて分かんないけど?」

「なら、それはそれで」

「…………おみやげ、あと卵、ごちそうさまでした」

それっぽく頭下げて、席を立つ。

少し歩いて振り返る。

ネコが屋台の外に出て、手をふっているように見える。

周りがちょっと暗くなってきたせいか、姿がそれに少し溶け込んでいる。

まあ黒ネコだったしね。

わざわざ出てこなくて良いのに。

絵に描いたような苦笑いをして私も軽く手を振り返す。

袋に入ったおでんの汁がちゃぷちゃぷいってる。

容器越しに底から少しさわってみる。

あったかい。

……あ。

ところで、あのネコ。

「オス?それともメス?」

今日一番どうでもよさそうなことを地面に向けてつぶやいたところで。

私にしては珍しく。

まっすぐ家に帰ることにした。

営業日誌4 おでんで半熟卵は難しい

やっべー!

寝過ごすトコだった。

アブナイアブナイ。

やっぱりネコの身体でカート引いて、買い出しってのは疲れるもんだ。

あやうく夕方まで寝るとこだった。

お日様はまだ上の方。

ギリセーフ。

さて、昼寝もしたし。

今日も今日とて、えんやこら。

カートから今日買ったもの出してってと。

あ、それより先に昨日の洗い物片付けてから。

実はここの水と電気って、近くの商店からここまで引っぱってんだよね。

なんでもそのお店の人。

おばあちゃんと昔からの知り合いで、屋台を始めた時からそういう風にさせてもらってるんだって。

んで、ボクの代になっても使わせてもらっているっていう。

って、いったい誰に説明してるんだ、ボクは。

ま、いっか。

ふぁーっつ……それにしても眠気覚ましの皿洗いは応えるなあ。

ビニール手袋ごしでも水は冷たい。

当たり前なんだけどね。

――ん、このレモン色。

さっきの市場で大根持ってた……。

いつの間にか近くに。

キュッとした香水の匂いに少しだけお魚の匂いが混じってる。

まちがいない。

でもおでん食べていくって感じの雰囲気じゃないな。

だとしても、一応いっておくか。

「まだ仕込み中だよ?」

――――あの子。

ここに立ち寄ったのはなんでか。

イマイチ分からなくて、分かりかけたような。

レモン色が時々暗くなって、でもたまにほんわり明るくなって。

まちがいないのは、前に酔っぱらって来た大根のお客さん。

彼女はその人の。

ま、そうだとしてお客さんはお客さん。

そこに想像膨らませたってボクには関係ないことだし。

でも彼女が手伝ってくれたのは助かっちゃったな。

あ、むしろボクが手伝わせたのか。

でへへ。

……お礼のかわりにおでん卵ってのは、我ながらちょっとどうかなって思ったけど。

今日の卵にはなぜだか自信があったんだよね。

いつもと変わらない仕込みなんだけど、味がよくしもりそうって。

それなりにこの屋台をやってきての感覚ってだけなんだけどさ。

でもとりあえずは。

あの子。

多分無意識だろうけど、とってもイイ笑顔で食べてたし。

その時が一番明るくて、優しくて、強い色だった。

ならやっぱり今日の卵の仕上がりは大成功。

おみやげ渡した瞬間の笑顔もイイ感じ。

本人はやっぱり無意識なんだろうけどね。

多分、きっと、あの子はまっすぐ家に帰るだろう。

日々心身を削って、それでもキミに歩みよろうとしているお父さんのとこに。

独り言にしちゃ。

味の秘伝を教えちゃったような気がするな。

まあいっか。

――ぜんぜん関係ない話だけど。

ゆで卵は半熟派って人も一定数居る。

でもおでんのはぜったいに完熟のしかできないんだよね。

それも不思議なことに。

半熟派も「そっちはそっち」で美味しいって受け入れてしまうのってなんでかな。

よく分からないや。

半熟のまま出汁もしっかりしみ込んだら良いんだけど。

そういう方法ってないのかな?

あ、分からないことでもう1つ気になったのが。

あの子にもう1つ小っちゃい色がくっついてたんだよな。

それもすごーく弱弱しいのが、でも確かにあって。

真っ白くて少し透明で。

詩的な感じでいうなら無垢っていうのかな。

アレって多分。

位置もそうだし。

……こんなこと考えてる場合じゃないや。

さって、火加減調節っと。

次のお話。

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