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おでん屋台The・CAT その八

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Relation7 味噌こんにゃく

曇の切れ間から陽が射している。

とてもやわらかく、心地がいい。

でも。

少しだけ疲れた。

家からはそう遠くないはずだけれど。

――久しぶりにあの子と、それもまともに会話した気がする。

ほとんどが風変わりな屋台の話ばかりだったけど。

それでも嬉しかった。

……確かこの辺り、っていってたわね。

お買い物の前で良かったわ。

荷物を持った状態で来ていたらいつ帰れるのか分からないもの。

目印は古い石の橋。

そこの近く。

ああ、のぼりと赤ちょうちんが見えた。

まちがいない、あれね。

――「……入っていいかしら?」

「いらっしゃーい、どうぞー」

あの子がいった通り。

三角巾に割烹着の黒猫。

お箸で器用に鍋をつついている。

「真ん中座りなよ、はじだと少し風通しあるからね」

「ありがとう、そうさせてもらうわね」

一枚板の長椅子に腰を下ろす。

質が良く、手作りのあたたかみが感じられる風合い。

椅子の中ほどから外側に向けてだんだんと色がはげている。

多くの客が訪れたことを物語っていた。

――あら?

下がった木札に具材の名前が書いてある。

その下に、これはネコのあんよ……何かの印かしらね。

――ああ、ネコだから?

「ふふ……」

「お客さん、なんか楽しそうだね」

「ああ、ごめんなさい、なんて可愛らしいんだろうって思ったの」

「褒めてるのそれ?」

「そうよ、ネコさん」

「面と向かってはっきりいわれると照れ臭いなあ」

あらあら、頭をかいてる様子も可愛らしいこと。

とても店をやっている様には思えないわ。

さ、なにを食べようかしら。

「やっぱり竹輪なんていいわね」

「はいよ、竹輪ねっ」

年季の入った佇まい。

天井板の黒いシミも昨日今日ではけっしてつかない。

横に構えられた桐の引き出しも。

ところどころすりへって艶が薄れた鍋も、相当使い込まれていることが分かる。

このネコがずっと一人でやってきた様には思えない。

でも私の若い頃はこんな屋台がまだまだ多かった。

昔、まだ私が勤めに出ていた頃。

旦那と出会って結婚して。

でも死に別れて。

お腹を痛めて産んだ息子がいまや唯一の身内。

今日も家でぼんやりテレビでも眺めているのかしら。

「お持ちどう!竹輪ね、それとそのこんにゃくはサービス」

「あら、いいの?」

「いいの。はじめてのお客さんには。ウチのスタイルだから」

「それじゃあ、遠慮なくいただくわね」

「それにしても嬉しいわ。私こんにゃく大好きなの」

「そう?なら良かった。なんだったら味噌もあるよ」

「ちょっと待ってね。小皿に入れたげる」

「……はいどうぞ!」

「赤味噌ね……とっても良い香り」

「こんにゃくにはそれつけて食べるのもおススメだよ」

「竹輪にも合うんだけど、やっぱり味噌こんにゃくで食べるのが一番かな」

「ありがとう、こんにゃくにお味噌つけて食べるのも好きなのよ」

「それじゃいただくわね」

……サクッ……サクッ。

サク。

モクッ……モクッ。

「……竹輪もこんにゃくもとっても美味しいわ」

「それよりこのお味噌……手作りかしら?既製のとはちがう感じがするわね」

「まろやかだけど変に甘くなくて、粒がまばらに残っていて」

「……お客さん、相当舌が肥えてるね」

「おっしゃるとおり、それウチのお手製」

「味噌汁にしても絶品さ」

確かにお味噌汁に使ってもきっと美味しい。

息子は味噌汁があまり好きじゃないけど、このお味噌で作ったらきっと食べるかもしれない。

たったそれだけでも良い。

――――。

「ネコさん」

「うん?」

「多分ここに息子も」

「タコ串がすごく美味しかったって」

「メガネをかけていてね、ちょっと太ってて」

「世間的に見たらおじさんっていう感じなんだけれど」

……よしましょう。

そんなことはネコさんには関係ない。

「来たよ」

「おばさんがいってる人かどうかはともかく」

「見た目の特徴と……タコ串を気に入ったっぽいおじさんなら」

「……きっとその人であってるわ」

やっぱり少しだけ話しちゃおうかしら。

「その人……息子ね」

「ちょっとだけ変わったみたいなの」

「なんていうのかしらね、ほんの少しだけ」

「明るくなった……感じがするの」

「そうなんだ?」

相づちを入れながらトントン。

まな板に並べられた竹輪と天ぷら蒲鉾をリズムよく半分に切っている。

――小さなお手てでよくそこまで包丁を扱えるものね。

「ごめんなさいね」

「突然自分の息子の話をして、面食らうわよね」

「でも何か……ここであったのかと思って」

「いや、普通に食べていったけど」

「……そう」

「……でも、良かったじゃない」

遠くからクラクションの断続的で短い音が聞こえる。

わずかな非現実から、ぱっと現実に引き戻されたような感覚。

うたた寝から目覚めた時に似ているような。

「ここに来たとか関係なく、息子さんはそういう時だったんじゃないかな」

このネコさん。

一番近いはずの私よりも分かっているような。

今の言葉で何となくそう感じた。

僥倖っていうものかもしれない。

ほんの少し悔しい気もするけれど。

切っていた具材がまな板を滑って鍋にそそがれた。

かさが増えて、あとわずかであふれそうになる。

「ありがとう」

「ん?なにが?」

「多分、ここがきっかけだったのよ」

「外」を遮断した息子。

しゃべりかけても気のない返事が返ってくる、もしくは返しもしない日々。

あの子なりに頑張っていた時もあった、その時はまだちゃんとしていた。

何年経ったかしら。

ただ最近ようやく、それも確実に、なにかが変わった。

もし思っている以上に状況が良くなるなら、あとは時間が惜しい。

「……ボクはただおでんを売ってるだけだよ」

いつのまに作業をやめていたのか、私の隣で反対側を向いて座っていた。

足を宙ぶらりんにさせて、屋台の前の道をじっとながめているようだった。

こうしてみると、もう人間と同じね。

「ここには色んなお客が来る。おばさんだってその一人」

「でも私はあなたにお礼が言いたいわ」

「もう一回。ありがとうね」

「……どういたしまして」

「さ、お買い物があるから、これで失礼させてもらうわね」

重い腰を上げる。

ズキッ。

あら、こまったわ。

しばらく治まってたのに。

……でも引いたみたい。

よかった。

「お代は……ひいふう……これでちょうどかしら?」

「毎度。あ、これ持ってってよ」

椅子から降りたネコさんが袋を渡してくる。

おみやげを作ってくれたのかしら?

「あらあら、こんなの悪いわ」

「いいの、さっきのお味噌も中に入れてあるからね」

「具につけても、味噌汁にしても、なんに使ってもいいよ」

「おでんはこっちが適当に見繕ったものだけどさ」

「本当に悪いわ」

「いいの、気が向いたらまた寄ってくれさえすれば」

「ま、息子さんにもよろしく……今度は2人で来たらどう?」

「ええぜひ、そうしたいわね」

「またね」

手をふってくれた。

――黒猫だからかしら?

景色との色の差のせいか目に残る影。

おみやげのおでんが暖かい。

――。

ズキッ。

あら、また。

無理をしてるつもりはないのだけど。

ああ、ネコさん。

そんな顔しなくていいの。

大丈夫よ。

ふう。

休み休み歩いていけば良いわね。

帰りが遅くなっても。

多分あの子は居なくならないもの。

営業日誌7 まっくろ

今日も今日とて。

のれんよーし、のぼりよーし。

鍋の火入れもよーし。

さて、さっそくのお客さん。

――「ふう……こんにちわ、入ってもいいかしら?」

ん。

このおばさん前に……。

いやそんなはずないか。

色だけで見たら柔らかいベージュ。

でもくすんだグレーの水玉模様をたくさんくっつけてる。

色が反対だけど、多分あの時のお客の。

うん、きっとそうだ。

――「……それじゃあ、本当にどうもありがとう」

「またねー!」

おみやげの中にはさっきほめてくれたお味噌……を小さい容器にこんもり詰めた。

おでんはさっき食べてたこんにゃくと竹輪と。

それとタコ串を2つづつ。

……あのおばさん。

買い物の途中っていってたけど。

おみやげがすでに荷物になっちゃって、悪いことしたかな。

まあ、容器はちゃんとフタしてあるし、そんなに重い物ではないからなあ。

多分大丈夫でしょ。

……あ、かがみかけた。

ちょっとしんどそう?

行ってあげた方が良いかな。

……でも、逆に気つかわせちゃうかも。

あ、良かった。

またちゃんと歩いていった。

わらってら。

――ズキッ。

なんでかな。

心が刺されてるような。

でもまあ。

今のところなんとか足取りはしっかりしてるみたいだし。

……それにしてもとっても穏やかな色だったな。

年配の人にはそれが多い。

おばあちゃんだってそう。

でもあのおばさんの場合、母親って感じがひと際強い。

グレーの水玉が多かったのは、それだけ心配してるってことなんだよ。

んでグレー……息子さんは。

どうなることやら。

そんなことよりも、おばさん。

身体の奥の方に真っ黒いのをひっつけてた。

さっき、となりに座った時に分かった。

「それ」はその人の色なんてものじゃなく、多分この世界のみんなが嫌うモノ。

まだ小さいけれど、それは段々。

本人は多分分かってる。

――時間は戻らない。

この世にはどうにもならないことがある。

でも、この世に神や仏がいるなら。

そして願いを聞き届けてくれるなら。

これからの時間を作ってくれるのかもしれない。

「人生はドラマの連続」

こんな言葉をどこかで聞いたような。

あっ、出汁あふれちゃう。

おたまですくってっと。

……すくって。

何を考えてる?

こんなことらしくない。

ボクはおでんを出すことしかできないじゃないか。

さ、お日様とお月様が交代しはじめたとこで。

提灯つけてっと。

いつもどおりに、ね。

次のお話。

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