番外日誌 買い物
「まいどどうも!」
「こっちもどーも」
ボクが引くショッピングカートにおばさんが大入り袋の乾燥昆布を入れてくれる。
ゴロゴロ
うん、これ?
おばあちゃんがずっと昔から使っていたらしいカートなんだ。
使い込まれているからちょっぴりオンボロで車輪がカラカラ緩い。
だからネコのボクでも引きやすい。
「それじゃ」
ゴロロロロ
「気を付けて帰るんだよー!」
朗らかな見送りに、ひらひらと手を振り返す。
「……ちょっと前まではおツタさんがあれを引いて、この市場に買い出しに来てたっけね」
おばさんの言葉はそれをいう本人にしか聞こえていない。
「今じゃあの黒ネコちゃんが代わりに屋台をやって、こうしてやってくるようになったなんてね」
「後継者?というには風変わりだけど」
「おツタさんも幸せかもね」
――朝、材料の買い出しでいつもの市場にきている。
ここに最初来た時は勝手がわからず戸惑ったっけな。
おばあちゃんのメモ片手に、カートを動かすのもおぼつかなくて泣きそうだったけど。
ここの人たちが集まってきてさ。
「これ買うならあそこだな!今案内すっからよ!」
「おツタさんの代理かい?えらいねえ、これオマケだよ!」
みんな単純なくらい親切で気取ってなくて。
みんな良い色してた。
そんなこんなで。
今じゃボクはここでのちょっとした顔って感じ。
へへん。
――「よう!今日は新鮮なホタテ入ってるよ!おでん具にぴったりだよ!」
「あ、じゃそれちょうだいな」
「いいねえ、いつも即決で!まいど!」
――「あら、今日はちょっと遅いんだね」
「ネコの身でこれ引いてここまでくんのもけっこう大変なんだよっ」
「あ、それもそうか。じゃ、そんな小さな身体で屋台を切り盛りしてるアンタにおまけ!おやつ代わりに食べて!」
「あ、美味しそうなかまぼこ、ありがと!」
――「おっ、待ってたよ、はいよ竹輪。タイ使ったいつもの上等品ね」
「こんにゃくもある?いつもの群馬産のやつ」
「おっコレね!しっかし産地にも妥協しないっては大したもんだ」
「おでんは地域の具の味がもろに出るからね」
「それ全部を一つの鍋でケンカさせず助け合わせるのが……」
そしてここはちょっとどや顔で。
「プロの仕事ってとこかな」
(ま、おばあちゃんの受け売りなんだけどね)
「おっと、ますます大したもんだ。おツタさんもいいお弟子さんができたな」
――ゴロゴロゴロ
ふう。
今日の買い出しはこんなものかな。
市場の一角。
塗装が剥げてところどころサビがむき出したいつものベンチで一休み。
みんな素通りしちゃうけど、ここって個々の風景が一通り見渡せる何気ないスポットなんだよね。
お気に入りの場所。
あ、さっきもらったかまぼこたーべよっと。
モグモグ。
フワっとしてるけど、歯ごたえもちゃんとあって美味しい。
これお通しと一緒に出すのもいいかも。
……しっかし。
市場って色んなもの売ってるけど。
大体はお魚の匂いに支配されてるんだよね。
ネコなボクは当然嫌いな匂いじゃないんだけどさ。
――周りは変わらず忙しそう。
あそこのお魚屋さん。
ずっとだみ声で客呼びして。
そっちの総菜屋さんも。
調理場と店先を汗だくでいったりきたり。
オマケに高積みの荷台もボクの目の前でしょっちゅういったりきたり。
ガラガラガラガラ!!
――ガラガラガラガラ!!
この人、もう6回くらい同じリズムで往復してるな。
ボクはここの騒がしさがなんか好き。
みんな明るい色してるし。
あでやかでも派手でもなく、地味な原色ばかりだけど。
そりゃあ、一瞬よどんだり暗くなったりはするんだよね。
みんなここでは見えない自分の生活があるんだから。
でもそんなのに負けないくらい、強くて元気な色ばかり。
……。
なんか、周りだけ時間がカチコチ進んでいるみたい。
また独りぼっちで置いてかれたみたい。
お気に入りの場所なんていったけど、毎回感じるこの瞬間だけは少しイヤ。
さってと。
帰って仕込みやりますか。
あれ?
……あの八百屋さんの前。
こういう景色には到底似合わない今どきの女の子。
カッコは買い物ってより、彼氏とのデートって感じ。
あんなミニスカートで市場来て寒くないのかな。
まったくもって情景から浮いている。
あのくらいなら中学生か高校生か。
……親とでも来たのかな。
でも周りにそれっぽい人はいなさそう。
それよりも。
そんな今どきの女の子が大根片手にそれとにらめっこ。
まあまあ真剣な顔しちゃったりして。
変なの。
あ、八百屋のおばさんに話しかけられて戸惑ってる。
……走っていっちゃった。
まさか万引きしようって思ってたんじゃないよね。
でも大根を?
それはないか。
って、いかんいかん。
年恰好や雰囲気だけでそういう風に思ったら。
ただ。
あのレモン色。
なんか気になるんだよな。
ネコならではの気まぐれでちょっと寄り道してくか。
「こんにちはー」
「おや、ネコちゃん。もう今日の買い出しは終わりかい?」
「うん」
「残念、次はウチにも寄ってってよー」
「あんたが来るの何気にみんな楽しみにしてんだよ」
「嬉しいこといってくれるねー……じゃ、そこの大根2本くださいな」
「あらーなにもムリして買ってくれなくたっていいんだよっ」
「あんたなら冷やかしでも大歓迎なんだから」
ホントかなー?
なんか含みのある言い方してるし。
「そのへんに居てくれるだけで、招き猫って感じでお客も寄ってくるしね」
やっぱり。
「あー商売目的かーなんか嫌だなあ?」
「うそうそ!さっきいってたことはホントだよ。なんでかねえ」
「アンタと話してると何となく元気になれるんだよ」
……なんて、これまたさり気に嬉しいことを。
商売上手め。
ほかにもなんか買ってこうかしら。
「あのおツタさんがアンタに屋台を任せたってのが何となく分かるよ」
「まーね。それよりさっきの女の子……」
「ああ、うちの野菜を一通り見てったけど、特に大根が気になってたみたいでね」
「親御さんのお使いかなって思って声かけたんだけど、びっくりしたのか目丸くしてさ、そのまま罰悪そうにしていっちゃったよ」
うん、見てたからその感じだけは分かる。
「いつもの調子で話しかけたからとまどっちゃったのかもね」
そういいつつ、おばさんが腕組みしながら頬に手をあてて、さっきの子が走り去っていった方に遠く目を向けている。
市場の呼び声って慣れてない人には圧があるもんな。
良い意味でだけど。
かくいうボクも最初はびくびくしてたし。
「ふーん……あ、大根のお金ここおいとくね」
「なんかムリに買わせたようで悪いねえ、でもま、気を付けて帰るんだよ!」
「うん!」
――ゴロゴロゴロ
少しだけ重たくなったカートを引いて、素敵な色だらけの場所を後にする。
ボクの足でもそう遠くない距離同士なのが、ありがたいやら微妙やら。
起きたら市場が目の前にあればいいのに。
なんて。
そんな夢みたいなことないか。
あ、ちょっと荷物チェック。
今日は切らしてたいくつかの具材と出汁昆布を買うだけだから、そんなにシビアにはやらないけど。
――こんにゃく、昆布、竹輪、ほたて、それといくつか足りなかったもの。
あれ?
この大根。
なんかキラキラしたものがひっついてら。
うーん。
…………あーあの娘かな?
これ、ラメだ。
やっぱ買い物で来たワケじゃなさそうだな。
ん、チェック終わり。
買いもらしなし。
ゴロゴロゴロ
もうお昼か。
でもまだ時間あるや。
丸まって昼寝して。
仕込みはそれからにしよっかな。
今日はちょっと卵にこだわってみようか。
一つの具にだけ構いすぎるのはダメっておばあちゃんはいってたけど。
ま、そこはボク流ってことで。

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