あー……
ま、その……そんなにふてくされないでほしいぞ?
(ムス……)
(完全にむくれたな)
またまた私の方が先に姿(イラスト)を新たにしたのは、筆者どのの気まぐれからくるものだから、な。
その、私としても不本意なんだ。
次こそはコチョンどのが先だと思うぞ。
な?
……
(だめだな、しばらくこのままかもしれない)
……せっかくだから読者どのには雑学でも聞いていってもらおう(元からそういうのを主にした場所だしな)。
カエデ談・忍者雑学
私のような女の忍びにまつわる話は以前にも触れていた。
そこで今回は忍び繋がりで御庭番(おにわばん)という者たちについて話そうか(少々長くなるゆえ、スクロールでフキダシの顔が早々に消えてしまうことは許して欲しいが)
近年の作品では幕府に仕え、隠密行動などを役目とした忍びらしく思えるが、かの者たちは実は忍びではなく、元は江戸幕府八代将軍・吉宗公が紀州藩から連れてきたいわゆる下級武士だという説があるんだ。
もっとも幕府の者ということがバレないように町人に変装していたなど「それらしい」ことは行っていたようだがな。
が、これもあくまで徳川の命を受けて安全な範囲で情報集めを行っていた程度だという。
ではどんな情報を集めていたか?
それは市中や遠国の諸藩などに出向いて、世間から集めた幕府や国々、また武家の風評(ウワサ)といった情報とされている。
そしてそれらを報告書にまとめて上役に提出する、御庭番の仕事はそんなところだ。
やはり忍びらしい役目だともいえるが、我々本職の忍びとの大きなちがいは、かの者たちは「影の存在」などではなく禄高(武士の給料)を与えられたれっきとした役職付きの武士だということだな。
なんなら幕府に仕える武士たちをまとめた名簿にも、御庭番集として勤めた各人の名が残されていたというからな。
まとめると隠密的な職務が与えられた武士、それが本来の御庭番の姿だということだ。
ちなみにそれらの御庭番は将軍の側近武士の御側御用取次(おそばごようとりつぎ)に人事を任されていたのだとか。
ほかにもこの御側御用取次たちの職務の一部には、将軍への申し立てや相談事が投書される目安箱の管理なども含まれていたようだぞ。
今の時代劇とかマンガだとホントに忍者みたいなのにね……御庭番って(ボソボソ)
おや?
機嫌直ったのか?
……プイッ
今回はほんとにダメだな、うん。
まあ私1人でしゃべってても、フキダシのセリフが長くなってしまうし。
そのうち機嫌は良くなるだろう。
と、思うことにしよう。
……。
※フキダシのコチョンの顔絵はすでに最新のものになっています。この文を書いた時は旧デザインのものだったので、コチョンが文句をたれていたということでした。
以下がその旧から新への変化。

ひそかにカエデもアイキャッチのやつから少し調整しています。(令和8年7月差し替え)
どこが変わったかなんて、わざわざ比べてもらうこともないと思いますが、一応下にその調整版も載せておきます。
――それもそれとして。
ある程度形づくったものを大きく変えず、部分的に直すということがすごくしんどいのはよく分かりました。

了。

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