Last Relation 終わりの始まり?
まずボクがやったこと。
鍋を洗って空っぽにした。
隅までしっかり拭いて、水滴一つも残さないように。
次に。
想像よりもたくさんの手の甲でふれられたのれん。
どんなに悪い天気でも文句ひとついわずに立っていたのぼり。
おばあちゃんお手製の赤提灯も。
片付けた。
最後に。
この屋台からちょっぴり離れたとこにある商店。
そこのおばさんに手伝ってもらって。
屋台を丸ごとビニールシートで包んだ。
その上に張り紙を貼って……これで良し。
――「ホントに閉めちゃうのかい?」
「うん」
「……もったいないねえ、客もそれなりに来てたし」
「おでんの味もようやくおツタさんに追いついてきたのに」
「おばさん、これ、今月分の水道と電気のお金ね」
屋台の灯りと水。
おばさんのお店から電線とホースを引っ張って使わせてもらっていたそれ。
でも、ここで一区切り。
「……いいっていってたのにさ、最後まで払い続けたね」
「おばあちゃんの言いつけなもんで」
「えらいねアンタ」
「その小さな身体ですっかり看板女将だ」
「えへへ……あ、手伝ってくれてありがとね」
「いいんだよ、それはそうと、また戻ってくんだよね?」
「どうかな。決めてないや」
「そう……もし戻ってきたら、またいつでも使って良いんだからね?」
「ありがと、それじゃ」
ゴロゴロゴロ。
カートを引く。
使い込まれているせいか。車輪のとこがゆるくなってる。
でも直さない。
ネコのボクにはかえってこの方が動かしやすいから。
キミとはいつも一緒。
――どこまで歩いたかな。
雑踏の中に2つの色を見た。
ちょっぴり明るくなった青色とレモン色。
あれ?
娘さん、お腹が。
ま、そりゃそうか。
ボクには見えちゃってたし。
そんな娘さんと一緒に歩いてるお父さん。
歩幅を合わせながら。
でも、ちょっと怒ってる?
娘さんの方はなんかシュンとしてる。
今まで何があって、どういう話をしてたんだろうか。
それはさっぱり。
でも何となく今が一番親子って感じ。
――ほかのどんな具とも相性バツグンな大根。
ちょっぴり匂いにクセがある卵。
王道の組み合わせ。
出汁を吸いきって、いっぱいいっぱいな大根。
それでも。
味の主張が強い卵すら受け止めて調和する。
流石だね。
……どっちも今が一番の食べ時かな。
出来立ての真っ白卵も一緒に。
――今度は別の色を見た。
インパクト強めなショッキングピンク。
けど前よりは少しやわらかな桃色って感じ。
あの時みたくたまにどんよりすることもない。
いつかのおっきなお姉さん。
ドスドスドス!
おお、走ってる走ってる。
でも、ちょっぴり痩せたような?
あ、さっきのお父さんのとこに。
息切らして、なんかいってる。
そんで、お互いに笑顔。
でもちょっぴり堅い。
あ、娘さんとも話してる。
なんだ。
そんな優しい顔できるのね。
って失礼か。
……そういえば……あれ?
あの女の人もお父さんも。
お互いに嫌ってたんじゃなかったっけ?
一体なにがあったんだろ?
うーん。
――煮込まれた牛筋。
でも出来立てで、食感が残っている方が好きって人もいる。
こっちの牛筋は煮え切ってそれもきっと元には戻らないけど。
好きって人もやっぱり居る。
ん?
そうなるとやっぱり大根と合うのかな。
でも人間はおでんとはちがうからね。
はてさて。
――あの色たちをみた。
グレーにベージュの水玉。
ベージュにグレーの水玉。
色が反転しただけの組み合わせ。
でもベージュの方は水玉の量が多い。
遠目に見てあの時と少し変わったのは。
どっちのグレーも少し明るくなったのと。
ベージュがちょっとだけ透明になりかけてること。
あの真っ黒いやつだけはこの距離からじゃ見えないけど。
消えた?それとも。
おばさんにあわせてゆっくり歩く息子さん。
あ。
息子さん、スーツ着てら。
けっこう様になってんじゃん。
どうにかなったのか、それともこれからどうにかするつもりなのか。
それは流石に分からない。
とりあえず今。
とってもおだやかな色が2人を包み込んでるってことにだけ。
安心した。
――味噌とこんにゃく。
そしてタコ。
ちょっと意外な組み合わせ。
けど、鍋の中ではずーっと一緒だった。
そこに優しい味の味噌が加わって、お互いをより強くつなげた。
そういう解釈でもイイじゃない?
――あの色を見た。
いや、見たんじゃなくてすれちがった。
色んな色を足して混ぜて。
少し水で薄まってくすんだ。
そんな感じの人。
前と変わらない。
いつか来た雪の日のお客。
あの時の、古い外国映画に出てきそうなカッコのまま。
コツコツコツ。
確かな足取りの革靴が一定のリズムを刻む。
そしてお互いに、ただの通行人同士な感じですれちがった。
……お線香の匂い?
お墓参りでも行ってきたのかな。
挨拶もせず。
気付いたようにどっちも、もしくは片方が立ち止まる。
そんなこともなく。
ただ、すれちがった。
今度は目すら合わなかった。
ボクにとってひと際印象に残った人。
屋台に来る前にどこかで会ったような。
やっぱり会ったことないような。
ただ、あの雪の日に見たぎらついてて穏やかで、不思議な目は多分一生忘れられない。
あ、お釣りのこと……
やめた。
何となく声はかけない方が良い気がしたから。
あれはとっておこう。
――がんもどき。
竹輪や大根のような主役でもない。
かといって脇役でもない。
でも出汁はよく吸う。
吸いきったそれはひと噛みだけでも美味しい。
食べなければそれに気づかない。
――世界は色であふれてる。
同じような色でも薄かったり、濃かったり。
混ざってまだらになってたり、点滅してたり。
生まれたり消えちゃったり。
一人がほかの人の色をくっ付けていることだってある。
ぜんぶが一緒でそうじゃない。
でも。
こんなにあふれた色を見てると少しくらくらしちゃう。
もう行こう。
――人の色が見える。
おでんにのせたボクの色は?
きっとそれは食べてくれる人の色と同じ。
鏡みたいなものかな。
でもそこにはあたたかさが乗っていることを願って。
――――。
おばあちゃん。
ただいま。
(おかえり)
屋台たたんじゃった。
(そうかい)
それだけ?
(……ワケをいってみな)
んとね、なんとなくひと段落したかなって。
色んな人の「色」を近くで見てきて。
ちょっぴり疲れちゃった。
(そうかい)
(あんたがやりたいといったあの時)
(あんたが終わりたいと思った今日)
(どっちも正解さ)
(気が向いたら、今度はどこかちがう場所に構えたっていい)
(それも正解)
……ホントにそうなのかな?
それって勝手すぎないかな。
(肝心なのはアンタがあそこで屋台をやっていたこと)
(なかったことにはならないさ)
(それだけでいいじゃないか)
(ひとまずごくろうさん)
おばあちゃん。
おばあちゃんもね。
(これから友達のとこいくんだろ?)
うん。
(気を付けていってきな)
うん。
(戻ってきたら……)
(また色々聞かせな)
(待ってるよ)
うん!
――――。
どこかの町はずれにある古い石造りの小さな橋のたもと。
何かを覆ったビニールシートに紙が一枚貼られていた。
テープ留めの一か所がはがれ、不規則にはためく。
ぱたぱた、ぱた。
紙には拙い字でこう書かれていた。
「当屋台は都合により休業いたします」
「営業再開については現在未定とさせていただきます」
了。

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