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おでん屋台The・CAT その二

Relation2 タコ串

空気がピリリと張り付くようだった。

雨なのに。

でも雨だから、こうして外に出られた。

嫌いんじゃないんだよな。

晴れている時なんかよりも、周囲の人間との見えない帳を作ってくれているみたいで。

ボタボタ。

ボタボタ。

ずっと使い倒している半透明のビニール傘がやかましい。

このやかましさが今はありがたい。

昔はそんなこと思いもしなかった。

晴れの日も好きだった。

仕事で汗をかいていたあの頃、ひと際日本晴れが好ましかった。

でもここ何年もくすぶっているあいだに、そんな晴れがいよいよ疎ましく。

イヤミに感じられるようになった。

結局今日も何にも進みはしないだろうけど、やっとこさコンビニで用も足したし。

帰って、安物ののり弁食って、撮り貯めた新作の海外ドラマでも見て。

生産性もへったくれもない「いつも」で順調に今日も終わる。

でも。

久々に表へ出たんだし。

幸い人どおりも車も少ない。

いつもと違う道から帰ってみようかな。

――あんなとこに石の橋。

いや、下がトンネル状になっているから架橋っていうのか。

家からはそこまで遠くない、散歩道を少し変えただけで古めかしい場所の発見。

そもそもあること自体知らなかったな。

そりゃそうか。

そもそもあんまり外を出歩かない。

以前からそれはそこにあっただけ。

ちょっと懐かしい感じがする。

渡って見ようか?

それともくぐってみようか?

ん、近くに……屋台?

のぼりにはやたら達筆の「おでん」の3文字。

周りを見る。

自分以外誰も居ない。

前方、やや遠くに車のヘッドライトと傘を差した人がちらほら。

横、後ろには。

子連れ……と自転車か。

でもそれも少し遠目。

良かった。

ただの遠景でしかない。

……提灯が点いてる。

よってみようかな。

「あ、あの、空いてます?」

「いらっしゃい!」

ん?黒ネコ?

が、俺にいらっしゃいっていった。

白昼夢ってやつか?

一応まばたきする。

屋台の中、菜箸で鍋をつついているネコが確かにそこには居た。

しかも割烹着と三角巾を着けて。

鍋の中はおでんの具で満たされていて、出汁が鼻のあたりに強く香ってくる。

……いつものように帰って弁当食うつもりだったけど、やっぱ惹かれるな。

「お客さん、だまってないで座ったら?ウチは立ち飲み屋じゃないよ」

「あ、はい、じ、じゃあ、ここイイですか……ね」

「そんなはじじゃなくて、ボクの真正面にドカッと座んなよ」

ネコが菜箸の先っぽで正面の空間をつつく。

ズケズケくる。

でも思い切って入った店だし、今さら出られないし……

大体こういう店のど真ん中に座るって、昔居酒屋に入った時でも遠慮してた。

常連とか来て、めんどうなことになんないだろうか?

「はい、初めての人へのお通し代わり」

コト。

いきなり差し出された器の中、たっぷりの出汁につかったタコ串が湯気を立てている。

「サービスだからそれの勘定は気にしなくていいよ」

「でもその先はちゃんと注文してね、品書きはお客さんの上の木札に書いてるから」

ぶら下がったそれには大根、白滝、がんもどき……それぞれの具名の下に肉球のマーク。

店主がネコだから?

「あー……はい。えと、ありがとうございます、いただきます……」

いい年こいたオヤジの、我ながらスマートさを欠いた対応ぶり。

年相応に落ち着いてくれ。

コンビニのはたまに食うけど、こういうところのやつって何気にはじめてかも。

……はむっ。

やらかっ!

軽く噛んだだけでふわっと切れる。

の、わりにちゃんとタコっぽい味も少し残ってる。

いきおいで二口目。

噛めば噛むほどあたたかい出汁が口いっぱいに広がる。

なんか、でも。

アレ?

勝手に。

やめろ。

止まれってば。

「ウ……ご、ごめんなさい、すみません、ごめん……なさい」

「……泣くほど美味いかな?うちのタコ」

――。

「あ、あの大将」

「ボク、メスなんだけど」

ジト目でにらまれる。

「あ、じ、じゃあ、お、女将……ネコ?」

「……ま、それでいいよ」

「……いきなり泣いたりなんかして、変な客って思いましたよね、ぜったい」

「うん、まあ正直ビビった。でもなにやら理由ありってとこだね」

一瞬女将ネコの姿が目の前から消えた。

と、思ったら、下から乾燥昆布を一枚取り出していただけだった。

裏表をふきんで軽くなで、滑らすように鍋へと投入する。

水面に浮かぶ脂のようなものが離れて、またすうっとくっついた。

「オレ、久しぶりに外出たんです」

「外?基本は家に閉じこもってるって意味?」

「あ、そう……です。雨降ってたし、ちょうどいいなって」

「ふーん、雨で、ね……」

「こんな風にいったから、なんとなく伝わったと思うんだけど、オレ、ひき……」

菜箸が目の前で左右小刻みに振り動く。

「そこから先はいわんでいいよ、自覚するだけで何にもならないし」

「あ、はい……じゃいいません」

「でも、いいたいことにはまだ続きがあるよね、多分。寄ったついでにはばからずいってみなよ」

「多分、しばらくほかのお客さん来ないし……ただの感だけど」

店としてはどうかと思うけどね。

そうのたまってネコがため息をつく。

「もしほかの客が来たら、その時は黙ってもくもく食べていればいいよ」

「それでも気になるなら、テイクアウトもできるし」

そういいながら、女将ネコは2本目のタコ串を目の前に置く。

自分でも分からないうちにいつの間にか注文していたらしい。

「お酒もあるけど呑む?」

「あ、呑まないんです、オレ」

「……そ、じゃああつーい緑茶あたりにしとく?こっちはタダだしね」

……きっと酒呑んだあげた方が儲けになるんだろな。

悪い気がするけど、呑めないんだからしょうがない。

でもいい年してジュースってのは少し恥ずかしい。

「あ、じゃそれで……」

側に置かれた魔法瓶を女将ネコは器用に?両手ではさみ、目の前に置かれた湯飲みへと薄緑の液体をゆっくりそそぐ。

ホントに熱々らしく鍋から出ているよりも大きな湯気が立ち上る。

メガネが少し曇った。

「さ、続きどうぞ」

――。

「ふーん……今52で、もう何年も働かず家からもロクに出てないと」

「でもたまに買い物の外出くらいはする……なるほどね、それも雨の日に限ってか」

「相当いい年のおっさんがって感じですよね、ははは……」

「んで、一緒に住んでるお母さんに養ってもらってると……」

「いやあ……もう情けないったら……でもそんな気持ちも薄れてきた自分がまたね……」

今、鏡を見たら自分でも相当嫌悪するくらいヘラヘラしている。

そんな顔のまま、ずずっと茶をすする。

熱くて苦い。

……俺ってとことんどうしようもない。

またもメガネが曇る。

「父親を20代で無くして以降、家計支えるのに俺もそれなりに働いてきたんですけど」

「仕事なんてずっとアルバイトばっかり転々として」

「どこいっても人間関係が上手くいかなくて」

「……どこぞで聞くようなあるあるだね」

「家庭を持つってこともできなかったし……歳だけかさんじゃって」

「ふんふん」

「お袋もいい年で、はやく安心させてやりたいのに」

「でもここからやり直して一体どこまで取り戻せるのかって」

同じ歳のほかの人間なら、大半が仕事にはげんで奥さん養って、それなりに成長した子供までいる「立派な連中」ばかりだろう。

会社をおこしたやつまで居るって聞いた。

それもだいぶ前、友人とのやり取りで分かった話。

引け目を感じるのも当たり前。

かたやこっちは人と話しても、買い物時の「はい」や「いいえ」くらい。

昔ハマったテレビゲームで見たような受け答えしかしない。

でも今日久々に。

それもくだらない自分語りでしかないのに、ここまで話せるというのが自分でも意外だった。

「そっか、世の中は厳しいね」

女将ネコはエメラルド色の目を静かに伏せた。

「自己評価もどん底って感じか」

顎の自重にまかせるように力なくうなづく。

屋台から伝う雨だれの連続音が今になって急に聞こえ始めた。

「……でもさ、そんなお客さんでも、たとえ口だけでもお母さんを安心させたいっていったね」

「あ、だまってきいてていいよ」

「ずっと家に閉じこもっていた人間がさ、そんな言葉を赤の他人ネコにいうのって、なかなか勇気のいることだよ」

そんなことない。

気まぐれの外出で、しかも雨で、普段なら絶対入らないようなおでん屋台に新鮮味を感じたっていうのも確かにある。

でも、なぜだか言いたくなった。

一切合切言ってしまった。

「今日、お客さんが来たのも何かの縁かもしれない」

「神がかり的なことはきっと信じそうにないだろうけどね」

「挫折した後、待ち受けるのはいばら道」

「道を抜けるには現実的に客観的に、嫌気がさすほど計算して行動して」

「元の平坦な道にようやく戻ることが出来る」

ま、これは友人の受け売りみたいなもんだけどね。

女将ネコは後ろの側溝に、お湯と独り言を投げ捨てた。

「……そんなこと、わ」

「分かってるよね」

何段も高い場所から、説教めいていて見心地のいいだけの啓発本に書かれたことをいわれているような気がする。

……おふくろみたいな。

(挑戦してもいないのに最初から諦めたらダメじゃない)

(今日お母さんこんな求人見つけたんだけど、アンタこういう仕事は嫌いかい?)

(頑張るのはあんた自身のためなんだよ)

キーン。

耳の中いっぱいに鳴っている金属同士が強くぶつかり合う音。

空気が再びピリピリしはじめた。

気付けば下唇を歯で強く噛んでいた。

でも血は出さない。

そこに歯止めを利かせている自分もいらだたしい。

目の前の器とタコ串がにじむ。

きっともう冷めきってるんだろうな。

「なんとなく良い色になった気がする」

……色?

なにいってる?

「お客さんは今日も気まぐれで外に出た」

「どうせいつもとやることも生活も、何一つ変わらないってあきらめながらもね」

「でも、1つだけいつもの自分とちがう行動をとった」

「それが変化ってやつ」

「そして変化は一度ではけっして終わらない」

「良くも悪くもね」

けっして終わらない?

こんな救いようのない人間に次があるってこと?

気休めはやめてくれ。

「……ごめんなさい、やっぱりよく分からないです」

「……雨、上がったようだよ」

音が消えて雲間から柔らかい光が射している。

ついさっきまで疎ましく思っていたのに。

今はなんでか有難いような。

「あ、そうみたいですね……久々です、まともに日差し浴びたの」

「でもここ来るまでは、ずっと降っててほしかったって思ってたんじゃない?」

「あ、そうですね、なんか変ですね、ははは」

「タコ串、2本目は全然手つけなかったから、帰りしな歩きながら食べなよ」

「ごめんなさい、せっかく注文したのに、そうします、あ、お代、ここ置いていいですか?」

「うん」

学生時代から使っているダサい小銭入れからちょうどの代金をテーブル板に置き、席を立つ。

タコ串をそのまま手に持って、汁を器にふるって落とす。

そしてひと噛み。

……冷めてるのに美味い。

ついでだから来た道とは反対側の方から家に帰ってみようと思った。

「またねー」

振り返ると女将ネコが手を振っていた。

何となく申し訳ない気持ちで軽く振り返す。

「なにも変わらなかったらどうすんのよってな」

うん、多分こんなことがあっても、何も変わらない。

情けない話だ。

手に持った串の残りを口いっぱいにほうばる。

ずっと美味い。

……でもあの時、俺、何で泣いたんだろ。

思い出したらまた泣きそうになってしまった。

鼻を目いっぱいすする。

串は帰りに、どこかのゴミ箱に捨てりゃいいか。

「あ、お客さーん!!」

ん?呼んでる?

「席にこれー!忘れ物ー!」

あ、コンビニの袋と傘、置いたままだった。

営業日誌2 タコは噛めば噛むほど美味くはならない

今日も今日とてっと……。

いつもの開店準備。

――の前にネコらしく背伸びっと……

ふぁあ。

後ろ足で首をかきかき。

こんな姿は客前であんま見せられないからね。

今日は雨。

それもけっこう強めな。

こりゃ客入りは期待できそうにないか。

――。

さて、出汁のクオリティはいつものとおり。

準備はオーケー。

さ、客よ。ばっちこーい。

……しっかし、ほんとにしつこいな今日の雨。

これは期待できそうにないよ、おばあちゃん。

ん?

雨に紛れて、こじらせた色が近づいてくるな。

淀んだグレーにベージュの水玉模様がまばらに散らばってる。

水玉は多分、このお客と近しい誰かのか。

でもこういうミスマッチな色の人間って、基本病んでんだよね。

はてさて変なことにならなきゃいいけど。

「あ、あの空いてます?」

――――。

ふう。

まさか泣かれるとは。

そういう色だって予感はしてたものの、流石にちょっぴりビビった。

それに途中、あの人の色が一気に濁っちゃった時は、いよいよなんかされるんじゃないかと。

同時にベージュの水玉が一気に大きくなって。

すぐ元に戻ったから良かったけど。

あの時、泣いた理由は多分本人にも分かっていないような気がする。

あ、そっか。

あの水玉模様って……。

――誰しもがああなるかもしれない。

おばあちゃんがいってたけど、人間って複雑怪奇なもんで、ちょっとしたことでグッと浮上することもあれば。

ちょっとこけただけで奥底に沈んでしまう難しい生き物ってね。

だったらさっきのお客は。

いまや海底の岩場で長年親ダコとすごす。

それも旬を通り過ぎて旨味が少なくなった子タコってとこか。

だからってタコを出したわけじゃないけど。

それだとただの皮肉になっちゃう。

ちょうど今日のタコ串が良い感じの仕上がりってだけだったんだよね。

だいたいからして、あんまり手をかけずともそこそこ売れる海鮮ダネだし。

雨が上がりきって、ようやく陽が照り出した。

……暖かい出汁につかりきったタコは、何度咀嚼しても旨味があんまりない。

それでも。

タコはタコ。

旬を過ぎた頃に漁獲されて、出汁で温まり過ぎて旨味が抜けきっても。

ぜったいに味がなくなりきることはない。

食べてくれる人はどこかにいる。

一時の気まぐれでも岩場から出て、鍋からも出ていったんだ。

世間の誰かに食べてもらえる日が来ると良いね。

ま、肝心の色は少し明るくなっただけだったけど。

色そのものはもう変わらないか。

グレーでベージュの水玉模様のタコのまま。

それでも、もがいて這い上がって。

人の口まで、たどりつけるか。

まだ終わっちゃいない。

――はじまってすらいないんだから。

ん?

なんかの映画でこんなセリフ聞いたような。

ま、いっか。

ふぁーっ……。

あくびしたらお腹もへってきちゃった。

お店のタコだけど、ちょっとつまみぐい。

モグ。

やっぱ煮込みすぎ?

でもまだまだ美味いじゃん。

さて、のぼりとのれん下げて提灯消してっと。

かーえろっと。

あ。

そういえば。

ボクってネコだった。

タコなんて食って大丈夫かな?

次のお話

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