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おでん屋台The・CAT その三

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Oden stew with daikon, fish cake, and shiitake mushroom.
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Relation3 牛スジ

あー暑い、しんどい。

そこそこタフなはずの私がこんだけ疲れるのも珍しい。

そうはっきり自覚するほどのレアケース。

部下のしょうもないミスを穴埋めして。

売り上げぼちぼちだけど、契約も一社取り付けて、資料もババッと作っちゃって。

残業たったの2時間で済んだのは、やっぱり私だから?

私はそんながんばってる&活躍してる自分が大好き。

そこそこイケメンで中堅企業の部長クラスなパートナーでもいればもう完璧。

ま、それは望み過ぎか。

……にしても、なんで今日こんな熱いワケ?

いくら真夏だからってちょっと調子乗り過ぎ。

帰りしな冷えたビールでもキューッ!って思ったけど、時間も時間。

どこも混んでる。

この暑さ。

考えることはみんな一緒ってわけか。

適当に空いてるとこで良いやと思いきや。

こんな街はずれまできちゃった。

ん、あんなとこに?

ゲッ。

この気温で。

屋台?

おでんの?

場違いも甚だしい。

まさか、と思って屋台のたたずまいをみる。

良く言えば年季が年季がかった感じ、悪くいえばぼろっちい。

台風でもきたら屋根飛んじゃうんじゃないかしら。

――うん。

冷やし中華はじめました。

の、字なんて一つとしてなし。

そんな清涼感たっぷりの食べ物のイメージをかき消すように。

立ち上る、湯気。

はあ。

っていうか、黒ネコが見えたのは気のせい?

看板ネコでも居んの?

へ?

三角巾と割烹着。

着ちゃってるよね。

まちがいなく。

あ。

……「それ」が今こっち見て笑ってる。

おまけに手招きしてるし。

あーもういい。

足くたくただし、ここでいいわ。

さすがに冷えたビールくらいあんでしょ。

「きたきた、いらっしゃーい」

「……バッグ、どこ置いたらいいの?」

「固定の置き場所はないよ、そのへんの空いてるとこおいてね」

「マジで?」

「マジ(ボクも今気付いた。今度、カゴでも置いておこうかな)」

はー……はずれかもこの店……いや、屋台。

でも、一旦入った店をそのまま出るのは流石に感じ悪いか。

「……ビールちょうだい、キンキンに冷えたやつ」

「はいよ、まずこれお通しね、初めてのお客さんへのサービス」

そういうのはあるのね。

でも熱々じゃん。

っていうか、おでん自体欲してないんだけど。

しかもこれ牛スジじゃん。

なんでこんな暑い時に、よりにもよってクドい系の具を?

大体、あんまり好きじゃないし。

ま、お通しってそういうもんか。

仕方ないわね。

「あーどうも」

一応、私は商社の人間。

プライベートだからって基本、人に対してつっけんどんにはしない。

このネコがお客になることなんて100パーないと思うけど。

狭い世間。

どこで関わりを持つか分からない。

あー私ってなんて思慮深いのかしら。

来期は課長ポジも夢じゃなし、のはずなんだけど……。

実際、課の連中にもウワサされてるみたいだし。

「お客さん、悦にひたってるトコ悪いんだけど、せっかくのぬるくなっちゃうよ」

「あ、ええ、そうね」

なんかこのネコ、嫌い。

ってか、このコップちゃんと洗ってる?

ネコがやってる店なんてイマイチ信用できないんだけど。

「大丈夫だよ、洗ってるよ」

「へ?」

「さ、ぼけっとしてないでコップ持って」

「あ、はあ……なに?ついでくれんの?」

「最初の一杯だけね、あとは手酌でよろしく」

両手でビール瓶をかかえるように持つネコ。

まるで化かされてるみたい。

気が付いたら野っ原で寝てるなんてこと、ないでしょうね?

「ほらコップかたむけた」

「はあ……」

自分でついだ方が良いって思えた。

ネコのお酌。

世にも珍しいサービスによって、数回に分けそそがれる「それ」の頭上に、泡沫の帽子が出来上がる。

ゴクゴクッ。

……ぷはーっつ。

さすがにビールの味はどこでも一緒か。

ん、エンジェルリング。

意外とこのネコ……。

「牛筋食べたら、後はお好みで注文してね、お品書きは上に書いてるから」

煤けた木札に書かれたメニューと肉球のマーク。

ふざけてんの?

いや、目をこすっても肉球がまぶたに残る。

マジ(現実)らしいわ。

「とりあえずビールおかわり」

「はいはい、てか、ちゃんとおでんも食べてよね」

分かってるっての。

牛筋をとりあえずひと噛み。

あれ?

噛んだ?

いやとろけた。

舌でほぐれちゃう。

こんな柔らかいのに、今までどうやって形保ってたワケ?

鍋内の牛筋を見やる。

ちゃんと串に刺さって鎮座なさっている。

しかもこれ。

下手な安物のステーキよりも肉味が濃い。

ほかの具、特にホタテと昆布?

……の味も感じられるけど、邪魔にならない。

むしろアクセント。

つい暑さを忘れてしまった。

意識の彼方にいってた汗が戻ってくる感じ。

意外とこの屋台。

隠れた名店?

「にこにこ……」

黒猫が薄目でいやらしい笑みを浮かべている。

その顔から伝わるのは「おやあ?意外とご好評なようで?」っていう感じ。

ムカつくわ。

――。

なんだかんだでビールも牛筋もさらにおかわりしちゃった。

ビールに至ってはこれで瓶3つ。

「な、わけでキビキビやってトントン出世したわけよお」

「私って超できるやつだからあ」

「でもさ、1人同期のやつがいて、そいつがさあ」

「あ、そいつって、こないだようやく主任になったんだけど」

「相変わらずうだつも上がらないし、仕事もてんで凡人以下なわけえ」

「……その人……いや、そういう部下がいるってこと?」

ん?

一瞬、猫の顔が険しくなった気がした。

真面目に鍋の火加減なんか見ちゃってるから。

そのせいかもね。

「……でも、そいつが、なんでか私にまったくひるまないわけ」

「同期だからじゃない?」

「今や私が上長なわけだし、少しは『らしく』してもらわないと困るっての」

「んでさ、こないだもしょうもないミスして、がっつり説教かましたんだけどお」

「そん時もそいつったら目も背けず」

「かといって恐縮もせずに、延々黙って聞いてるワケよ」

あーのどがすぐかわく。

ぐびり。

ッあー!コレコレ!

……あ、いけない大口開けちゃった。

何、またジト目で笑ってんのよ。

このネコは。

「……ま、いいわ」

「私はね、今の会社でせったい偉くなるって決めてんだからね」

「でもさ」

「私以外のやつなんて今日やりすごせればいいって感じで、仕事への姿勢がまーったくなってなくて」

「どうしようもないわけよ」

「ふーん……」

「腹立つのは、そいつらがさ。私を避けてさっきの同期に相談するやつばっかでさあ」

「ホウレンソウなら私にでしょって」

「仕事はイマイチなくせに、ほかからわりと頼られてるってのが……あーっ、ムカつくっ!」

がしっ。

ゆさゆさゆさゆさ!

「ちょっ、お客さん、屋台ゆらさないでよ!」

局地的な鳴動。

棚の皿がかちゃかちゃ細かい音を立て。

鍋の汁もちゃぷちゃぷ揺れる。

ほかに客が居なくてよかったと。

心から思う店主ネコだった。

「あーごめんなさ……ってこの屋台ちょっとボロインジャないのー?ひっく」

「しれっと失礼なことまでいったね」

「まーいいじゃない、それより続き聞いてったらネコー……んんっ?」

「あんたメスよね?」

「そうだよ、それは分かるんだ?」

「当たり前でしょー同じ女だもの、じゃあ女将ネコってことねーヒック」

「女将ネコー、だからさあ、あいつ……それもあって余計に、ね」

「あ、うん……」

どうやら今日のこの客。

くだ巻くタイプの。

それも巻けるだけ巻く。

何なら、食べてる牛筋にも負けない。

「こってり」した客であることが確定した。

――「過去いちばんっムカついてんのは、まだお互いヒラで、こいつには負けないってどっちもギラギラしてた時のある日、あいつが私のミスかばったことあって」

「それであいつ、主任のポジションを一度逃したのよ」

「あんとき、私にキレても良かったのに、何事もなかったように後日もふつーにもくもくと仕事してんのよ」

「それで私のプライドはズタズタ、でもようやく出世ルートには乗れたし、今まで以上に仕事に熱入れてたってわけ」

「でもさ、やればやるほど、心のどっかでなんかバカ臭いなって思ってる自分がいるわけ」

「……ふーん」

しっかしこの女将ネコ。

我ながら取り留めない話なのに、よく割り込まないで聞いてるわね。

一方的にしゃべってるから割り込めないだけ?

「だってえ、頑張れば頑張るほどみんなから慕われる、尊敬されるって思ってたんだもん」

あれ?

慕われたい?

尊敬されたい?

初めって、ただ上に行きたい一心だったような。

目的変わってない?

ま、いっか。

「……最近は課長ですら私に遠慮してんのか、意見や案を精査もしないで⦅川島君のアイディアだったら大丈夫でしょ⦆なんて軽くいってくれるわけよ」

「あ、川島って私ね」

どうせやらかしたら全責任押し付ける気でしょうに。

私に限って絶対にやらかさないけどね。

一気しちゃえ。

「……良い飲みっぷりで(このくだり、あのお客の時と似てるな)」

「提案は通る、実績も我ながら申し分なし、向かうとこ敵なしって感じなんだけど、やればやるほどさ」

「みーんな離れてく気がすんのよね」

「それに比べて、さっきの同期がさ、なんか私には出来ないようなポジションにいるっていうか、私より周りが見えてるっていうか……」

「……うらやましいの?」

「そこまでじゃないけど、ムカつくのよとにかく」

あー暑い。

テーブルに突っ伏してから、顔を上げると牛筋のほかに大根が皿に入っていた。

なんか美味しそうだったから、牛筋と一緒に追加したんだっけ。

「よく煮込んだ牛筋ってやっぱ美味しいよね」

「なに急に」

女将ネコが頬杖を突きながら、屋台の外、どこともいえない場所を眺めてボソッとしゃべる。

「あんた、なにがいいたいの」

返事をしないまま女将ネコは頬杖をやめると、台から降り屋台の外に出て、私に背を向けて空をながめる。

その視線の先に一体何があんの?

あ、星か。

あの中でひときわ輝いている星は私?

……っていう気分にはなれないわ。

しかも自分で思っててくっそ寒いし。

「でもやりすぎちゃうと、クドくなって食べたがらない人も居る」

……え、まだ続くの?

1人おでん談義?

気持ち悪っ。

……で?

「ま、好みにもよりけりだけどねっ」

「……結局それどっちが美味しいっての?」

「さあ?」

やっぱ好みだよ。

と、のたまって夜空いっぱいに背伸びを行う女将ネコ。

……結局、この動物は何が言いたかったのか。

この日の私には分からなかった。

営業日誌3 牛筋の仕上がりは不可逆か?

今日も今日とて、準備準備~♪

……ってか、あっつー。

毛皮でおおわれてる身としてはなかなかしんどい。

あ、立ち眩みが……。

っと!

アブナイアブナイ。

汗拭いてっと、水分補給してっと。

三角巾&割烹着の着用よーし。

鍋に毛でも混入したら衛生上大問題だからね。

この暑さでもそういうことをちゃんと気にするプロフェッショナルなボク。

おっと、自分に酔ってる場合じゃない。

具材の抜けなし、出汁の味見っと……。

よーし今日も安定、おばあちゃん直伝の美味さ。

準備よーし。ばっちこい。客。

――。

分かっちゃいるけど。

うだるような気温で、おでん食べにくる客ってボクからしてもレアだと思ってる。

そんなボクも鍋の側からはなれて、冷やしたこんにゃく食べつつラムネ飲んでるし。

営業中にしれっと店の在庫で夏を満喫するボク。

背徳的ー。

……っと向こうから強烈なピンクがやって来るや。

自己主張強いタイプってこういうビビットカラーが多いんだよね。

これってショッキングピンクっていうのかな。

でもこのピンク……。

時々どんっとくすんで暗くなる。

アレ?

ここ入ろうか迷ってる感じ?

あ、一回様子見で通り過ぎようとしてるし。

何となくめんどそうな感じはするけど。

このまま客入りゼロってんじゃ、おばあちゃんに申し訳が立たない。

ならば。

この時期の風物詩。

……の、一つだとボクは思ってる、冷やし中華。

……は、おいてないけど。

必殺・招き猫顔負けの手招きっ

ちょいちょい。

あ、びくってした。

でも。

来るんだよね。

どうよ、ホンモノネコの手招き効果は。

あれ?

遠くで見るとそうでもなかったけど。

近くで見たらやたら大きいなこの女の人。

ガタイはプロレスラー系、でも装いはOLか。

奇妙なギャップ。

ん?

この表現。

自分でいってて、前にどっかで聞いたような。

ま、いっか。

「きたきた、いらっしゃーい」

「……バッグ、どこ置いたらいいの?」

――。

今日のトロトロ牛筋はあの人にはうってつけだったかも。

でも。

牛筋って煮込みすぎず、ある程度食感残したやつも美味しいんだけどね。

「……で、結局それどっちが美味しいっての?」

そいつはお好みで。

いや、それより。

大根も注文してきた時は、何となく因縁すら感じたな。

煮過ごした牛筋と、どんな具と組み合わせても受け入れちゃう大根。

でもそれも大根が崩れちゃう前の話。

今のとこ相性はギリってとこか。

ふう、熱い熱い。

でも、どっちも元の味と食感には戻れないんだよなー。

まあ、おでんと人間はちがうか。

あの人。

強烈ピンクなのは最後まで変わらなかったけど、どんよりする頻度がちょっぴり少なくなったような。

ボクのおでん談義が効いたかな。

そういうつもりもなかったんだけど。

暑さのせいか我ながら変なことをいっちゃったって感じだったし。

本人がどう思おうが勝手だけどさ。

しーらないっと。

さってと、後片付けしますか。

ん?

品書きの木札が落ちてる。

あ、さっき屋台揺らされた時か。

一瞬店壊されるかと思ったよ。

……あの人、ほかの道の方がもっと活躍できるんじゃ。

そんな気も、しなくはなかった。

――明日は少し涼しくなればいいな。

さってと、指をしっかり立ててー……

のぼり&のれんおろしーの!

提灯消しーの!

鍋カラにしーの、洗いーの!

フタ、閉めーの!

……ふう。

指差し、チェック完了!

あ。

みんなも忘れちゃダメな作業ルーティンがあるときは。

ボクみたいに指差しチェックやってみて。

けっこうバカにできないんだから。

……って、ボクいったい誰にいってんだろ。

ま、いいや。

今日もお疲れさまでしたってね。

次のお話

もりそばのはれときどきゲーム
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