実はあの人の誕生日じゃなかった!クリスマスのはじまり

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言わずと知れた多くの販社が商戦に乗り出す年末の一大イベント。



幼少の頃にはプレゼントへの期待で心躍らせた時期でもある。印象深いのは大手デパートからの派遣でいらっしゃったサンタクロースが自宅に直接、新作ゲームを持ってきてくれたこと。




当然付けヒゲのニセサンタだが、もちろん子供だった当時はアガった。




事前にデパートでプレゼントの支払いを済ませてサンタの宅配オプションまで付けてくれた親にむしろ感謝である。と、当時の自分に聞かせたら夢壊しになるかもしれないことを書いた辺りで次。




クリスマスとはそもそも何か、いつどこでどうやって始まったかについてだ。予備知識がなかった筆者の中では「せいぜいキリストの誕生日でしょ」位の認識だった。

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キリストの誕生日説が有名だが……

クリスマスの由来でよく耳にするのはキリスト教の始祖、イエス・キリストの誕生日だという有名説。起源の時期ははっきり解らなかったが、調査したところ少なくとも4世紀頃の古代ローマではすでに始まっていたらしい。




ただキリストご本人の誕生日説についてだが、クリスマスの日・12月25日がキリストのバースデイであるのを確定させるような話も調べでは見つけられなかった。




正確な誕生日についても同様で、どうもその辺りが書かれていそうな新約聖書にすら載っていないらしい(真実をぼかした方が神秘性があって、かえって良いものかも知れないが)。




と、いうワケで今のところ12月25日とは真実はどうあれあくまで一般に浸透しきった「キリストの誕生日」ということになる。




ではなぜ12月25日に祝われることになったのか、生誕祭の元になったのは何か、といった説はWebを参考にした情報を拾えたのでくわしくは次にて。

別なイベントとドッキング

古代ローマ帝国のペルシャでは※冬至に行うある祭りが存在した。

※(一年の中で太陽の出ている時間が一番短い日、つまり夜が一番長い日。なお日本では冬至の際、一部地域でかぼちゃとあずきの煮物を食べる習慣もある)




その祭りとは冬至に一旦太陽が死んで、次の日に再び復活するという当時の宗教の教えを元に行われていた。




そしてこの冬至の日が当時の12月25日。今のクリスマス当日というワケだ。




補足だが当時のローマでは12月17日~12月24日の期間「サトゥルナリア」という冬至前の祭も別に行われていたという。




このお祭りについてざっくりいうと、民衆がキャッキャしながら酒や食べ物を飲み食いし、冬至祭までの一週間を楽しく過ごすというものだ。




楽しく過ごすというあたりは今のクリスマスにも通じるし、どこか祭りの名残にも思える。




冬至祭について話を戻すが、まず古代ローマで大きく広まっていた宗教は元々キリスト教では無く「ミトラ教」というものだった。




これは太陽神ミトラ、またはミトラスを信仰する宗教で多くの信徒が居たとされている。




先ほどの太陽が死んで再び復活する考えの元、冬至に行われたという祭りは元々「太陽神の誕生祭」だった(ゲームの女神転生シリーズにも太陽神ミトラスが登場するが、種族は意外にも魔王)。




後にキリスト教が大きく広まり、392年にテオドシウス一世皇帝がキリスト教を「国のメイン宗教にするよ!」と国教にした事で、ミトラ教を始めとした他の宗教は衰退していった。




さらに太陽神の誕生祭はキリスト教に取り込まれる形で、キリストの生誕を祝う日へと変わっていったという(サトゥルナリア祭もろとも融合したと思われる)。




つまりこの日が後のクリスマスになったという。




そこで素朴な疑問が湧いて来たのだが、キリスト教へと移り変わっていく際に以前ミトラ教の信者たち者たちは改宗にすんなり納得したのだろうか?




また教会による宗教弾圧などは行われていなかったのか?




ここでその辺りの出来事を書こうものなら長くなりそうなので省略するが、個人的には平和的に移り変わっていれば良いと思ってはいるが…。

ボクの考えなんだけど、そりゃ納得していない人も居たでしょうよ。

今まで心のよりどころにしていた存在がちがうんだから。

たとえば仏教に当てはめると、昨日まではお釈迦さまに手を合わせておがんでいたのを急にキリストさまをあがめろってなもんだし。

だから当時も表向きはキリスト教信者で居るようで、実は隠れてミトラを信仰していた信者なんてのも居たんじゃないかなあ。

宗教もその土地に根付いたものなんだから、いきなり変えろっていわれてもちょっとね。

なるほど…コチョン殿の言うことには納得せざるを得ないな。

そう考えると異国の祭りというのはなかなかに浮き沈みの歴史があるものだ。

ところで今でこそ世界中に浸透している祭りの様だが、こちらの国ではいつ頃始まったものだろうか?

それに関しては次で筆者がざっくりと話してくれるよ。スタジオの筆者~!

筆者殿~!!

日本ではいつ始まった?

あいにくスタジオなんて所にはおりません。自部屋にてキーボードをひたすら猫背で叩いています。




さて日本にクリスマスが伝わったのは室町末期とされている。まずは1549年にイエズス会の宣教師、フランシスコ・ザビエルが日本の鹿児島へと来航した。




この頃日本は戦国時代の真っただ中で群雄割拠の時代。解りやすいところで言うと、かの天下人・織田信長がまだ15歳頃の少年だった時期にあたる(信長公は1534年に生まれたとされている)。




そしてザビエルは3年後の1552年に山口県でキリスト教の布教を始めた時、日本人信徒たちを集めてみんなで讃美歌を歌いキリストの誕生を祝ったのだそうだ。




この祝祭が日本で一番最初のクリスマスの元と言われている。すでに信徒であった日本人ならともかく、当時の人たちにはさぞかし珍しいイベントだっただろう。




時代は移り変わり、江戸時代辺りはキリスト教の弾圧などが行われていた為、クリスマスのクの字も見られなかった(それでも信徒はコッソリ行っていたとか)。




ところが明治時代にもなると、海外文化が民衆にも大っぴらに受け入れられる時代ともなった為、クリスマス文化も浸透していった。プレゼントの習慣や、ヒゲのサンタクロースが出現したのもこの辺りだ。




さらに大正時代には今と同じように街中で鮮やかなイルミネーションが見られたらしい。

まとめ

元々太陽神信仰の祭りだったのが国教が定まった影響でキリスト生誕祭へと変わり、日本には戦国時代にザビエルから伝えられた。




さらに明治辺りから様相を変え、ヒゲのサンタやプレゼント、ツリーやイルミネーションが当たり前の「現代のクリスマス」へと進化したというワケだ。




ハロウィンもそうだが海外由来のイベントというものは、長い時を掛け大陸をまたいで各国へと受け入れられている。




なごりがあっても形を変えて浸透しているのは、あくまでこれらのイベントが「祝い」とか「楽しさ」とか、ポジティブさを求める人間の意識から来たものかもと思った。




ちょっと怖い事を書くと、例えば「邪教徒のミサ(祭事)」といった類のものなら多分浸透はしないだろう。




もしくはそんな怖い祭りですら形を変えて楽しもうとするくらいの事を、人はやってのける可能性がある。それこそハロウィンがそういう祭りに近いのかも




知らず知らず身の毛もよだつおぞましい由来を持つイベントが、世界のどこかでメジャー化されて楽しまれているのかも知れない。

筆者~!

せっかく楽しいイベントの記事書いてるのに邪教だとか、最後に後をにごす事書くなよ!

ちょっとばかりオカルト話が好きだからってさ。

ま、まあそう熱くならずに…。

とりあえずクリスマスの説が何となく解ったのだから、良しとしようではないか!

うん…まあキリストの誕生日とか、ちょっとはっきりしない事もあったけどね。

実際にキリストご本人に「誕生日はいつですか?」って尋ねる方法もないから仕方ないか…。

ところでカエデはクリスマスどうするのさ?

ボクは人間観察のついでにせっかくだから、にぎやかな街の空気でも味わって来ようと思ってるけど。

もちろん忍術修行だ!

いつなん時も修練あるのみだ。

これはこれで楽しいんだぞ。

コチョン殿も一緒にどうだ?

あはは……遠慮しときます。

普段と変わらずか。

カエデらしいね(忍術って、分身とかするのかな)。

了。

コメント

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