十二ヶ月の古風な異名、四季や人々の生活がおりなす和風月名

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師走だな。

師走だね。

もう10日以上過ぎてるけどね。

この文も急な思い付きで書かれたのだから仕方ないだろう。

筆者どのもそうだが、世間も色々とあわただしい季節だからな。

それこそ師匠(先生)が走りまわるほど忙しいから、師走というくらいだからな。

(筆者って別に先生でもないし、サイト更新が不定期or思い立った時だから、ほぼ平常運転なんだけどね)

ところで、それって一体なんの先生なんだろね……学校の教師?

もののたとえだからな。

昔の教師というものは、今ほど親しみやすく近しい存在ではなかったというぞ。

生徒が自分の師と道でバッタリ会えば、脇にどいて「ササーッ」と深々に礼をし、道をゆずるほどな。

あはははっ!

それってなんかヘン。

どこかのお偉いさんとすれちがったみたいだね。

それはそうと……師走とは今でいう12月だが、先月は何だったか分かるか?

11月!!

ぶっぶー! 霜月(しもつき)な。

そういうボケか?

話の流れから、そんなことを聞いていないことくらいは分かるだろう?

ひっでー。

それって昔からある「月」の呼び名でしょ?

ボクには師走か皐月くらいしか分からないよ。

(なぜ皐月は分かるんだ?)

日本では昔から12の月それぞれに独自の和名が冠されているんだ。

それこそ師走や霜月というような、聞くだけで風流な名前がな。

風流ねえ……。

せっかくだからそれぞれの月名と、なぜそういう名なのかについての話をしようか。

筆者どのに至っては、名をいくらか分っていても、それが今の何月にあたるのかという状態だからな。

むしろ丁度良い。

それっておもに筆者のためじゃん。

いや、これは筆者どのの知識補完に限らず、コチョンどのやこのことをまったく知らない者にとっても無意味ではない。

これらの月名や意味を知ると、単に数字で数えるよりも、月ごとの印象が趣(おもむき)あるものに変わるはずだぞ。

ちょっとした教養として覚えるだけでも損はないものだ。

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和風月名をざっとリストアップ

  • 睦月(むつき・1月)
  • 如月(きさらぎ・2月)
  • 弥生(やよい・3月)
  • 卯月(うづき・4月)
  • 皐月(さつき・5月)
  • 水無月(みなつき・みなづき・6月)
  • 文月(ふみつき・ふづき・7月)
  • 葉月(はつき・はづき・8月)
  • 長月(ながつき・ながづき・9月)
  • 神無月(かんなづき・10月)
  • 霜月(しもつき・11月)
  • 師走(しわす・12月)

これが和風月名だ。

名のとおり、いずれも雅(みやび)で風流な名だろう?

……今、「ここでこういうの見るより、調べればどこでも見られるものじゃん」とか思ったな?

(んにゃ!?)

なんで分かったの?

そりゃね、こういう雑多なサイトよりは、Google先生で検索すれば一発な時代に、わざわざこんなどシンプルなリスト作るのって労力のムダな気が……。

だからこそ私たちが居るだろう?

私たちが会話で盛り立て、地味さや情報のありきたりさを払拭(ふっしょく)せねばなるまい。

それに労力のムダといったが、そうでもない。

へ? どういうこと?

さっきのリストを書いているうちに、各月名が今の月のどれにあたるかを覚えられたらしいからな。

やっぱ得したの筆者だけじゃん!

それぞれの月に込められた意味

ひと月づつだと長ったらしくなるからな。

和風月に込められたおおまかな意味や話を四ヶ月づつ、三つの見出しにしてそれぞれまとめたぞ。

これなら、興味のないことを見聞きするのをとことん面倒がるコチョンどのでも大丈夫だろう?

うん。

助かるけど、人の口からそう言われるのはムカつく。

ふてくされるな。

半分くらい冗談だから。

半分はマジで思ってんだね?

睦月・如月・弥生・卯月

まず睦月(1月)だが、世間一般でいうところの正月だな。

ところで正月といえば、どんな印象がある?

お餅とお年玉!!

ねえ、カエデー、今年はいくらくれるの?

お年玉。

……。

正月には親類一同が集まり、仲睦まじく過ごす。

だから睦月といわれるんだ。

あ、話流しやがった。

如月(2月)。

如月という名は※二月為如(にがつをじょとなす)という言葉が、由来の1つとされている。

衣更着(きさらぎ)とも呼ばれ、寒さが厳しい月だから「衣を更に着る」という意味も兼ねているんだ。

ちなみにだが、私にはこの如月が月名の中で、もっとも風流な響きの名に思えるな(あくまで個人的にだぞ)。

※中国の爾雅(じが)という書物に書かれた、春に向かって天地万物が動き出すという意味の文。なお爾雅は中国最古の辞書ともいわれる。

確かに如月さんていう人が居たら、すごくオシャレな名字だなって思うかも。

弥生(3月)これも美しい響きの月名だな。

木草弥生い茂る(きくさいやおいしげる)というように、新緑がはじまる季節だ。

ちなみに「弥」には「広く行き渡る・いよいよ・ますます」などの意味があるから、どれを当てはめても意味が通じるな。

それもそうだけど、弥生ってなんか女の人の名前みたいだね。

もしそういう名前の人が居たら、その名付け親って古風な感性の持ち主なのかもね。

卯月(4月)。

卯の花の月という意味だ。

コチョンどのは卯の花は見たことはあるか?

ねえよ。

口悪くなってるし、段々飽きてきたんだろう?

卯の花を見たことがない前提で進めるが、アジサイの仲間、ウツギの別名が卯の花だ(今のところは検索で画像を実際に見てもらいたいところだが)。

卯って言葉がどこかで聞いたような。

……あ! ウサギ年の話の時に出たんだった!

そういえば、そんなこともあったな(奇しくも話の繋がりとは突然出来るものだな)。

また卯の花の名は、食べ物のおからの別名としても使われる。

花の咲き方や形状に似ているという説から来ているんだぞ。

皐月・水無月・文月・葉月

次は皐月(5月)。

または早月、早苗月(さなえつき)とも呼び、名のとおり早苗を植えるという由来があるぞ。

早苗って?

元々はを指す「さ」が転じた言葉のようだ。

そして稲を早々に田植えする月、したがって早苗月、早月、皐月になったと私は解釈している。

春も半ばで、本格的に稲作がはじまることに強く関係する名だな。

時期は地域でまちまちだろうけど、大体そのくらいの時期に田植えするんだね。

それ知ってから皐月って聞くと、田んぼでお米を一生懸命に植えている人たちが思い浮かぶ気がするね。

そんな情緒豊かな風景を想像出来るなら、話しているこちらも嬉しいところだ。

では水無月(6月)。

これは稲を植えた田に水を引くから、水無月だ。

アレ? でも水無って書いてるよね?

水が無いのに水を引く?

どういうことだってばよ。

この場合の「無」は無いという意味ではなく「水の月」の「の」が古語表現での「な」になったという説がある。

つまりこの場合の「な」は「の」という意味だな。

ややこしいけど、とりあえず分かったよ(ってことにしておこうっと)。

ほかには暑さで水が枯れやすい時期として水無し月。

それが略され水無月になったという話もある。

こっちの意味の方が正しいのであれば、夏を過ごす多くの者にとって良い名ではなくなってしまうがな。

それも分かったよ。

あと半分だね。

テンポよくいこうよ。

(流行りのゲームの話題などでもないし、早く終わらせたいのだろうな)

文月(7月)は7月7日に詩歌を読み、本を夜風に当て字の上達を祈願するなどの風習から、その名がついたのだとか(本を風に当てるのは虫干しに近いものがあるな)。

本、つまり文(ふみ)がまつわるあたり風流なものだが、現在の7月7日には七夕があるから、七夕月ともいう。

それと文月は稲穂が実ってくる、穂含月(ほふみづき)の別名でも呼ばれるんだ。

ほいほい! 次。

……ここで話やめるか?

あ、ごめんごめん。

テンポを重視するあまり、ちょっと適当に流しすぎてた。

あと5ヶ月だからガマンしてくれ。

これでも内容は相当短くまとめているんだからな。

さて、葉月(8月)は木の葉が舞い散る月で「葉落ち月」の略称だ。

つまり紅葉が盛んになる時期でもある。

あ、今、イチョウとかカエデが……キミのことじゃないよ。

そういうのがヒラヒラしてる景色が浮かんだよ。

そうそれ!

それぞれの月にそういう情緒的な景色が思い浮かべば、和風月名を覚える意義があるというものだ。

それと葉月は稲穂が張る時期となることで、穂張月(ほはりづき)とも呼ばれるんだ。

その季節に関係あるようなワードがほとんどだし、覚える良さってのがなんとなく分かってきた気がするよ。

長月・神無月・霜月・師走

コチョンどのの意識が少し高尚になってきたところで、後半だな。

長月(9月)は夜長月と呼ばれ、この時期から日が暮れるのも早くなることから、夜が長い、夜長月、長月ということだ。

ほかにも稲の田植えからはじまり、実り、穂が垂れるまで成長した意味合いで、穂長月とも呼ばれるぞ(稲狩りの時期も兼ねているな)。

ともあれ皐月から長月の名には、古来から続く稲作、ひいては稲の成長度合いも意味に含まれていることが分かるな。

5月から9月までお米、要するに稲が育つ経過の月々ってことでも覚えやすいね。

神無月(10月)。

この月の由来は神道が根付いた日本らしいものだが、神無月には八百万の神々が出雲大社(いずものおおやしろ)に集まる月とされている。

そうなると出雲以外の場所は一時的に神が不在となるから、神無月ということだ。

神様たちって何するのに集まるの?

諸説あると思うが、次の年の人々の縁、天候や食物・穀物の五穀豊穣について、それらすべてをどういう風にするか。

そういったことを取り決める集まりのようだ。

神議り(かむはかり)という、いわば神々の会議だな。

神のみぞ知る集まりってやつだね。

(『今日メシ何食うよ?』とか意外にしょうもない話してたりして)

それと、出雲の人々から見た場合だが、神々が全国から自分たちの地域に集まってくるわけだな。

そのため出雲では神無月ではなく神在月(かみありつき)と呼ばれたというぞ。

聞けば納得の話だな。

後2ヶ月だね。

早いもんだ。

月日が経つことになぞらえたような言いぶりだが、それぞれの月のことを順番に話しているし、その感覚は少し分かる気がするぞ。

さて霜月(11月)だ。

霜が降りる月だから霜降月(しもつきふり)とも呼ばれる。

気温がグッと下がるこの時期は、水蒸気が植物や道に付着し、冷やされて雪の結晶、つまり霜となる。

その現象を見られるのが霜月だと考えれば、否応にも本格的な冬のおとずれを感じるだろう?

うわー! 聞いてるだけで寒いよ!

しかもこの話の時、ド真冬だし。

いよいよ師走(12月)だ。

この月については冒頭でもいったとおり、師が走り回るほど忙しい月だから師走だな。

あのさー、結局さっきの話のおさらいじゃん。

師走だけ、言う必要なかったんじゃない?

……これで終わらすつもりだったが、何となく腹が立ったから付け足すぞ。

この師とは僧侶を指すともいわれていて、この時期に法事や供養事などでより忙しくなることから、これも師走の由来になったという。

ほかには四季の終わりを表すとして四極(しはつ)という呼び方もあるそうだ。

おけー、分かったよ。

昔からある名前だけあって由来が多いね。

それぞれの月に2つも3つもあるんだもん。

ただし、それも一部なんだぞ。

本当はまだまだあるんだが、目につく情報を片っ端から言えば、かなりの長尺になるからこのくらいで良いだろう。

さもないと、いよいよどこかへ行ってしまいそうだからな。

コチョンどのが。

まっさかー。

カエデが頑張って話してるんだもん。

一応最後まで聞くよー(6月あたりでそうしようと思ったなんてもういえない……)。

注意して欲しいこと

言い忘れたが、これら和風月名は※旧暦での話だからな。

※明治時代初期までの月日の考えは旧暦=太陰太陽暦(たいいんたいようれき)を基にしていた。現在は太陽暦(グレゴリオ暦)が使われている。

へ? じゃあそれぞれの月って……。

そう、今の暦より1~2ヶ月ほど季節のズレがあるんだ。

たとえば霜月(旧暦の11月)だが、今に当てはめると、11月下旬から12月中旬あたりの時期になるということだな。

まとめ

①日本では1~12月それぞれに和風月名という、古くからの名前を使うこともある

②和風月名には旧暦の行事や季節ごとの意味がある

③旧暦の考え方なので、現在の月とは1~2ヶ月ほどのズレがある(例・旧暦の長月(9月)→新暦の10月頃)

文字や響きが好みの月名だけ覚えて良いと思うぞ。

ただ最初で言ったように、月名とその意味を合わせて知っておくと、季節情景に思いをはせ、楽しむことも出来る。

たとえば月替わりの際「ああ、明日から卯月(4月)か、緑が多くなって花もたくさん咲くような、暖かい季節がくるんだな」……なんて風にな。

ボクはそんな詩人みたいな気持ちになるなんて、絶対ないかも。

せいぜい「あーやっと暖かくなってきたなー」くらいだね。

本末転倒だが、コチョンどのらしい。

ともあれ今月は師走、冬の中では人々が一番活発になる月だと私は思っている(クリスマスや大掃除もあることだしな)。

もっともそれは毎年のことだが。

しかも仕事によっちゃ、年末年始が一番忙しかったりするからね(下手すると年がら年中忙しいって人も少なくないだろうし)。

そういう人たちは少しでも時間を見付け、身体を労わってほしいところだがな。

余計なお世話かも知れないが。

了。

参考資料

国立国会図書館 日本の暦 https://www.ndl.go.jp/koyomi/index.html  

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